地図をたたみ、風だけを持って桟橋へ。
匂いのない推進音が、今日のざわめきをほどいていく。

きっかけ──中之島から待ち続けて、舵を切るまで
本来は中之島GATEサウスピア→夢洲の便に乗るつもりでした。
春に告知を見て、5月、6月、7月、8月……再開を待ちましたが、気配はない。
9月に入り、私は進路をユニバーサルシティポートへ切り替えました。
予約画面で知ったのは片道3,000円/往復4,000円という価格。
「じゃあ往復で」と思う一方、ユニバーサル発は到着してすぐ折り返し。会場で腰を落ち着けるには不向きです。そこで発想を反転。万博会場発→往復→会場に戻るなら、見学→船→見学で“万博を二度味わえる”。
作戦──17:30便を選ぶ理由
運航は火・金・土。出航は14:30/16:00/17:30(※金・土は14:30のみの日あり)。
この季節の日没は18時過ぎ。
ならば17:30便で、黄金色→ブルーアワーの境目を一度の航海に収めるのが正解です。
9月9日、私は東ゲート12時入場のチケットで13:30に夢洲駅。
正午直後は混みやすいので、少し遅らせて13:45入場。
会場の熱気をひと口味わってから、西ゲートへ。
再入場スタンプは忘れずに(東ゲートは早めに終了、西ゲートは遅くまで受付)。
ゲートを出たら右手のタクシー乗り場と同じエリアが桟橋行きのバスのりば。
私の時は10番が「まほろば」行きでした(※掲示でご確認を)。
バス代は往復4,000円に含まれています。
乗船前のひと口万博

大屋根リング下は、人の川。
暑さがまとわりつく午後は、コモンズA・D・WASSEに避難しながらじっくり鑑賞。
カンボジア館、モザンビーク館、国際機関館へはスムーズに入れました。
一方でコモンズC周辺は、平日でも列と通行が絡んで足が止まりがち。
こういう日は、海風に助けてもらうに限ります。
桟橋にて──“理想郷”という名の船
Iwatani 水素船「まほろば」。
名は、ヤマトタケルの歌に出てくる**「まほろば=理想郷」に由来するのだとか。
スタッフの方が、水素の貯蔵→発電→蓄電→推進の流れを、手短に教えてくれました。
「パビリオンの電力を支える装置を見ました」と伝えると、「エンジンまわりはトヨタ、Iwataniと共同で」と。未来の展示で見た“絵”が、目の前で働く船**になっている。
その事実だけで胸が軽くなる。

出航──ロープの音、匂いのない推進
ロープがほどけ、船がそっと滑り出す。排気の匂いがない。振動も、驚くほど少ない。
船の速さは「ノット」。
旅は、結び目を一つずつほどく行為でもある。
海上の見どころ──橋と“海の下の道”

- 夢舞大橋:非常時に航路を確保する思想をもった橋。理想郷に向かう入口として、今日ほど似合う日はない。
- 港大橋:巨大トラスの赤。大阪の時間をまたいできた鉄の骨格を、真下から仰ぐ。
- (海中)中央線トンネル:新しく掘られた“海の下の足”。水面の上と下で、同じ目的地へ向かうのが少し可笑しい。
- 海遊館と客船:暮れなずむ水に街がほどけ、ユニバーサルの歓声が遠くから映画の効果音みたいに混ざってくる。
往路は金色、復路は群青。手すりの影が甲板を走り、紙コップの水面はほとんど揺れない。静けさが、この船のいちばんの贅沢だ。
1分の寄り道──フンデルトヴァッサーの曲線
まっすぐは便利だ。だけど、ときどき冷たい。
フンデルトヴァッサーは言った。「自然に直線はない」と。
角ばった時代に、渦や芽吹きで居場所をつくろうとした。
ここ舞洲の焼却場とスラッジセンターにも、その線は息をしている。
彼は旅の途中、船の上で世を去った。
直線の部屋ではなく、動く景色の中で。
もし今夜の湾を見たなら、水素で走るこの船にもやさしい曲線を見つけるだろう。
ほら、向こうに大きな輪が灯る。
まっすぐを束ねれば、こんなふうに丸くなれるのだと。
曲線の思想と、揺れない静けさを持つ「まほろば」は相性がいい。
海風が、話の最後をやわらかく結んでくれる。

ただいま──ブルーアワーの会場へ
桟橋に靴を戻すと、リングの灯りが一つずつ点りはじめる。涼しい風とジェラートで体温を整え、会場をもう一巡。今日はもう、パビリオンに入らなくてもいい。取りこぼしは、旅の余白。余白が、夜景を深くする。

ありがとう、万博。ありがとう、思い出。
乗船メモ(私の体験ベース)
- 運航日:火・金・土
- 出航時刻:14:30/16:00/17:30
- ※金・土は14:30のみの日あり
- 料金:片道3,000円/往復4,000円
- ルート:夢洲(万博会場)⇄ユニバーサルシティポート
- 桟橋アクセス:西ゲート→右手のタクシー乗り場側→バスのりば(私の時は10番)
- 所要:片道およそ20〜30分
- 再入場:スタンプ必須(ゲートごとに受付時間が異なるので要確認)
- おすすめ:17:30便(サンセット〜ブルーアワー)
※ダイヤ・料金・運用は変わる可能性があります。最新の掲示・予約情報をご確認ください。
まとめ──情報よりも、温度が残る
予約はガラガラ。乗客は行きが十数人、帰りは三人だった。
視聴数の匂いは薄いかもしれない。
それでも、匂いのない推進に身を任せた一時間は、確かに心の荷物を軽くした。
“動くパビリオン”で夕日にお礼を。私はきっと、次に来る日も17:30便を選ぶ。