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旅のタイムカプセル

#26 残金4円、奇跡の諭吉召喚なるか!?(陸前高田〜仙台)

1985年8月21日 寂しい朝食

「朝ですよ!」
駅員さんに声をかけられ目が覚める。昨日僕を案内してくれた駅員さんではなかった。
昨夜は暑かったのだろう。僕の身体は半分寝袋から出ている状態。少し恥ずかしい。
駅ホームの幽霊に怯えながら眠ったがずいぶんリラックスして寝たようだ。
蚊取り線香のお陰で蚊の攻撃もマシだったようだ。

午前6時50分、駅員さんに礼を言い、陸前高田発。
すぐに宮城県境を越えることが出来た。
2日ぶりの県境越え。しかも午前中なので気分が良い。
午前8時気仙沼到着。朝飯を食べる事にする。
手持ちは384円。虎の子の現金。使わないでおこう。
残っている一枚の食パンに向かって「いただきます。」
ひとり言をつぶやいて、食パンにかじりついた。
何もついていない。噛めば噛むほど味気ない。
「……こんなに寂しい朝飯、今まであったかな。」

それにしてもこの3日間でまともな朝食は本八戸のみ。
エンゼルアニキ1号2号がくれたおにぎりだ。あれは美味かった!
僕は分泌される唾液を感じながら思い出す。
目の前に食べ物の幻影ばかりがチラつく。

しかし、はて?
そもそも何で都市銀行のカードでお金が下ろせないんだろう。
と、「みちのく銀行発見!!!」
もしかしたらワンチャンあるかもしれない。
これで下ろせたら、豪勢な昼食にありつける。
祈るような気持ちで銀行に突進。
カードを入れた。
「このカードは使えません!」
ペロッとカードが……戻ってきた。

そうだよな。やっぱりダメだよな。
腹が減りすぎて、ダメと分かっていてもチャレンジした自分が情けなくも健気に思えた。

無常の再会

午前10時、登米沢という地名を過ぎ、必死に坂道を上っていた。
すると、後ろから来たバイクが僕に並走しだした。
左手を大きく上下にさせてウインカーがポチポチ光る。
どうやら停まれの合図のようだ。
僕が自転車を停めると、バイクもすぐ前に停まった。
ライダーはヘルメットを取り、
「俺だよ!」と笑顔を見せた。
ライダーはサロマ湖で船長の家で相部屋だった人だ。
「あー!、船長の家!」
「後ろから赤い自転車、見て直ぐに分ったよ!」
「よくぞご無事で!」としばし再会を喜んだ。
しかし、サロマを同じ日に出発した彼。
自転車の僕とバイクの彼が同じ場所って遅くないですか?と率直に聞いた。
「室蘭に早くについていたんだけど、キャンセル待ちで3日間待ちぼうけを食らって、4日目ようやく本州に渡れたの。」

僕は苫小牧で容量が悪いと3泊してる人もいると聞いた。
まさか彼がその要領が悪い人だったとは!
朝早くに始まるキャンセル待ちのスタートダッシュ。
分ってはいたけど3日ともモノの見事に寝坊したらしい。
もう参ったよ。金もないのに参ったよを連発していた。ひとしきり参ったと言うと、
「俺急ぐから!」
そう言って爆音とともに消えていった彼。
しかし、たった5分後ーー

「……えっ?」

僕の目の前に、白バイに捕まる彼の姿があった。
「マジか……!!」

ついさっき「金も時間もない」と言ってた彼が、
さらにお金を巻き上げられようとしている。

必死に手を振り、「ゴメンポーズ」を取る彼。
しかし、白バイ隊員は無表情でサインを要求していた。

どうやら、観念したようだ。
僕は声を掛けることも出来ず、先を急いだ。

その後ーー彼は僕に追いついて来て、

「最悪! 参ったよ、もう本当に参った!!!」
「3日もキャンセル待ちで参って、やっと乗れたと思ったら、今度は白バイだよ!!」
「もう参ったって言ってんのに!!! まだ参らせるのかよ!!!」

彼はバイクを停めると、ヘルメットを脱ぎ捨て、僕に向かって叫んだ。

「何なんだよ、この世の中は!? 俺、そんなに悪いことしたか!?!?」

もう涙目だ。
さっきまでの「余裕の再会ライダー」は、完全に “絶望のライダー” になっていた。
僕は言葉を選びながら、励ますように言った。

「悔しいでしょう!悔しいでしょう!でも、とにかく事故なしに無事に帰りましょう!」

彼は悔しそうに唇を噛みながら、力なく頷いた。

ーーまさか、こんな形で”無情の再会”になるとは……。

残金4円

午後2時半、石巻駅に到着。
ほぼ仙台午後6時着は大丈夫。安全圏に安堵する。
僕は石巻駅舎内の蕎麦屋で「月見そば」300円を腹に収めた。
月見そばの温かい汁は涙が出るほど優しかった。
ついに残金は84円になった。

残金84円!

僕は手のひらの84円をじっと見つめる。もう一度、ズボンの左右ポケットを確認する。
間違いない。これが全部だ。
仙台6時到着はほぼ大丈夫とは言え、絶対ではない。
僕は自動販売機で飲み物も買えないのだ。
気を引き締めて石巻を発つ。
石巻をすぎるとこれまでの国道45号線らしい難所は終わったと言って良かった。
午後4時半、国道4号線との交差する地点にやってきた。
何度、国道4号線を選択すれば良かったと後悔したことか。
だけど、こう言う形で国道4号線を横切ることが出来て感無量。
ちょうど45号線と4号線が交差するところにパン屋があった。
僕は最後の余ったお金で飲み物を買うことにした。
ポカリスエットなどスポーツ飲料が良かったがお金が足りない。
僕は80円の紙パックのフルーツジュースを買った。
これで残金は一円玉4枚。
フルーツジュースを飲むと、僕は仙台駅まで続く国道45号線をそのまま突っ走った。

銀行到着

仙台駅までもう少し、気分よくゴールインと思った矢先、
後ろの荷物がずり落ちて引きずる音がした。
前回のように板を止めた針金が切れてるわけではない。
よくみると止めていたゴムが切れている。
少し伸びているなとは思っていたが、とうとう切れてしまったのだ。
これは直せない。荷物が崩れないよう、必死に片手で押さえながら仙台駅へ。

午後5時仙台到着。駅に入ってマップを確認。
住友銀行の位置を確認すると、すぐさま銀行に向かった。
カードを入れる。
「暗証番号をどうぞ!」とアナウンス。
これだ!僕のカードを受け入れてくれた!
番号を入れると続いて、下ろす金額の指示が促される。
僕は得意げに「3、万、円!」とそれぞれのボタンを押す。

「シャーッ…カタカタ…ピシッ!」
小気味良いと札を数える音がして現金が登場。

「お久しぶり!やっと会えた!諭吉!」

僕は出て来た3人の諭吉にキスをしたいほどだった。
何でもないことだけど、これで飯が食えると思うと嬉しく、感動的だった。
僕は本当に一円玉4枚だけだった残金4円を忘れたくなくて、

「残金4円。チロルチョコも変えない。」とメモした。

書き終えると笑えてきた。何でこんなギリギリをやるんだ。
一昨日とかって本当にヤバかったんだぞ!
現金を手にできた安堵感からくる笑い。
この冗談じみた笑いはあの不安があって、そして過ぎ去った事が確認できたからこそ自然と出てくる笑いなのだ。
残金4円!?
本当に冗談みたいな話だ。

仙台守銭奴妖怪

現金を手にするともう一度仙台駅に戻った。
今日は風呂も入りたいし、どこかで泊まることに決めていた。
ユースは会員証を失ってしまい500円を余分に払う事を考えると乗り気ではない。
しかもこの時間に受付を済ませてもユースの魅力の一つである夕飯にはありつけない。
仙台駅には「宿泊案内所」があった。
看板には堂々と “宿探しはおまかせ!” と書かれている。

「よし、ここだ!」
僕はカウンターに向かった。

だが、中の係員(仙台守銭奴妖怪)は、僕を一瞥すると、サッと視線を逸らした。
まるで “金の匂いがしない客は視界に入れない” という鉄則でもあるかのように。

「すいません、カプセルホテルとかありますか?」

男は渋々こちらを見たが、目が異常に細く、ギラギラと光っていた。
……こいつ、 守銭奴妖怪 だ!

「ゼニゼニ……カネカネ……カプセルホテル? うちでは扱ってませんねぇ、ゼニゼニ……。」

「じゃあ警察署はどこですか?」

「ゼニゼニ……カネにならない質問は、案内板見て勝手に調べてください、カネカネ……。」

完全に “金を持っていないヤツは人間ではない” 扱いだ。
おそらく、八戸の守銭奴蛇から僕の金欠情報が伝わっているのだろう。

仕方なく、僕は駅の外に出た。
広瀬通りの先に「仙台中央署」があると地図で確認し、そこを目指す。

救世主、警察官!

警察署に入ると、受付の警官がにこやかに対応してくれた。
「カプセルホテルですか? ちょっと待ってくださいね。」

そう言うと、すぐに電話で確認を取ってくれた。
「空きがあるそうですよ! 今から自転車の高校生が行くのでお願いしますって伝えました!」

……守銭奴妖怪とは天と地の差だ。

「本当にありがとうございます!あと銭湯の場所を教えてください!」

「あっ、カプセルホテルにはお風呂も付いてますからね。わざわざ銭湯に行かなくても大丈夫ですよ。」

「えっ!? そうなんですか!? やったー!銭湯代が浮いた!!」

僕は大喜びで、教えられた “国分町のカプセルホテル” に向かった。

初カプセルホテル

到着したカプセルホテルはホテルとは名ばかりで、
外観は普通のマンションのように見えた。
カプセルホテルの受付の人は、事前に警官から告げられていた為手際が良かった。
受付前に「自転車、この辺りよく盗られるから」と倉庫に自転車を入れてくれた。
警官といいホテルの受付といいとても親切だ。
守銭奴妖怪に遭ったせいで悪くなりつつあった仙台のイメージ。
すっかり優しい警官と受付の人のおかげで回復した。

僕の部屋は4階との事。
エレベーターはホテルには似つかわしくない小さくとても狭かった。
4階に着くといくつかの扉があった。
その扉には「1-20」「21-40」と20単位の数字が明記されていた。
私の番号は「26」「21-40」の扉を開けて自分の場所を探した。
扉の先は2段になったすっぽり棺桶が入るような寝床があった。
部屋と思って26を探したがとても部屋というモノではなく、畳1畳ほどの寝台列車の寝床が縦向きに並んでいた。
ユースだとベットは横向きに設置されている。
横向きだと広く感じる寝床も縦向きだと潜り込むといった様子でかなり狭い印象。
寝心地を試めすべくカプセルに潜り込んでみた。
中には小さなテレビ、ラジオ、空調の温度調節機、電灯のスイッチなど寝台列車の設備よりは遥かに近代的だった。
横になる。意外に狭くない。
寝るには全く問題ないと感じる。
ただ、持ってきたリュックは、カプセルホテルでは邪魔だと感じた。
安眠妨害になりかねない。
後でフロントに預けることにした。

三日ぶり浄化の儀

着替えを持って風呂に向かう。
カプセルホテルの利用は終電に間に合わなかったサラリーマンが主だという。
そのせいかまだ客は僕一人で風呂は貸切状態だった。
エレベーターや寝床と違って風呂はとても広かった。
3日ぶりの風呂。私はいきなり湯船に浸かるには汚過ぎた。
いつも以上の「浄化の儀」が始まる。
まず、妖気を払う掛け湯13杯。
濡らしたタオルに備え付けの液体ボディーソープを付けて身体を洗い出す。
しかし中々泡立たない。身体もそうだが頭はもっと汚かった。
頭にお湯をかけると目視で分かるほど黒く濁ったお湯が頭から流れ出た。
全て排気ガスのせいだろう。
まるで何日も放置した換気扇のフィルターを洗っているような気分だ。
僕の頭は3回目の洗髪でようやく本来のシャンプーの泡立ちに戻った。
続いて2回の身体を洗い終わり湯に浸かる。
3日間ぶりに身体を擦り、洗髪をしたせいでピーんと肌が張っているかのよう。
その上、身体中にサロンパスを貼ったかのようなスッとするハッカのような刺激がある。
こんなに気持ちいいならまたドロドロになって久しぶりの風呂も良いかもと思った。
そして以前にも同じように思った事があった気がした。
皮膚がしっとり柔らかくなると、僕はもう一度身体と頭を洗った。

風呂から上がると腹ごしらえ。
自転車は倉庫に入れてもらったので、出し入れが面倒だ。
歩いて仙台の街を巡る事にした。
中央道りに向かう。商店街は大都市のそれ。行き交う人も洗練されているように感じた。
今朝発った陸前高田や気仙沼とは明らかに違う。
ブランド品店のショーウインドウに映る自分が何とも見窄らしい。
僕は風呂に入って気分はさっぱりしていたが、
約1ヶ月着続けた服はヨレヨレ。こんなにもくたびれていた事に驚いた。
北海道の旅人、三陸の野宿では気にならなかった僕の衣服。
仙台の街中では異様感が漂っていた。これは家のない人の格好だ。
この格好で仙台の大都市を歩きたくない。飯を食って早く帰ろう。

仙台の街は洗練されてはいるが、時々「六本木」や「赤坂」の店名が目に入る。
僕は少し気分が滅入ってしまった。
東北一の大都市とは言っても、やはり東京への憧れは断ち切れないものなのか。

僕は牛丼屋を見つけると店に入った。
ご飯大盛りの牛丼に生卵を掛けて頬張る。
牛肉の甘さが嬉しい。僕は同じものをもういっぱい追加した。
もう一杯追加するのがこんなに嬉しいなんて。さっきまでの飢えた日々が嘘みたいだ。
牛丼を食べ終わると急に甘いものが食べたくなった。
「デイリークイーン」という馴染みあるソフトクリームの店を見つけた。
僕の高校の途中にある店と同じだ。
嬉しくなって店内に入りソフトクリームが乗ったコーヒーゼリーを頼む。
現金があって、食べたい物が食べられることがなんと幸せなことか。
この三日間飢えた僕の食欲はもう満足だった。
僕はカプセルホテルに戻った。
カプセルホテルは秘密基地のようで第一印象よりさらに良く感じた。
自分のスペースに手を伸ばせば、ライトもテレビも温度調整も全部揃っている。
狭いのに、やたらと機能的だ。
久しぶりの布団とゴツゴツしていない寝床が心地良すぎる。
テレビを付けたがとても見ていられない程の睡魔。
僕は静かに眠った。

反省会 16歳の僕と56歳の俺


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