自分育て

「腐草為蛍(ふそうほたるとなる)」#48

2023年6月11日 、
夏3番目の節気「芒種」の
次候 「腐草為蛍(ふそうほたるとなる)になりました。

24個の節気の中の12番目「芒種」
72個の候の中の35番目「腐草為蛍(ふそうほたるとなる)」

※こちらの何番目という順序は古来の正月「冬至」を起点に考えております。
ご了承くださいませ。

「腐草為蛍(ふそうほたるとなる)」

この時期、清流では蛍が飛び交う季節です。
昔は草が暑さで光を発し、
蛍になると思われていたようですが、
とてもロマンチックなことを想像するんだなと思ってしまいます。

蛍は世界で約2000種いるとされていますが、
ほとんどが光ることはないそうです。

しかし、日本にいる蛍は光る種類が多いので、
蛍=火垂るとなったようです。

蛍を鑑賞して楽しむという習慣があったようで、
古くは古事記にも登場すると言います。
日本人が蛍を愛してきたことが伺えますね。

命の火

先述の通り、
世界中で約2000種類がありますが、
実は幼虫時代はほどんとの種類が光るようです。

しかし、成虫となっても光る蛍は僅かです。
日本に生息する蛍は成虫となってからも光ります。
この光はお互いのコミュニケーションの為、
または異性へのアピールと言われています。
光を放つ蛍のほとんどは、
口が退化した状態で成虫となり、
ほぼ水を啜るくらいしか出来ません。
その為、後は必死に繁殖するだけの1、2週間の命だと言われています。
目一杯に光を放ち命の火を燃やす姿にある種の畏敬の念を感じながら、
日本人は蛍狩り(目で楽しむ。紅葉狩りに似た習慣)を楽しんで来ました。

私たちはそんな燃えるような生き方ができているかな?
蛍はそんな哲学的な事を問いかけているように思います。

蛍の光

年越しになると、
毎年決まって「蛍の光」を耳にします。
しかし、よく考えると、
冬の最中に「蛍の光」は変ですよね。

では、何故、「蛍の光」が年越しに流れるのでしょうか?
「蛍の光」の原曲はスコットランド民謡「オールド・ロング・サイン(Auld Lang Syne)」
英語にすると「old long since」で、古き思い出の日々、昔々の事という感じになります。

その歌が日本に伝わり、
稲垣千穎が日本語の歌詞を担当してという訳です。

ヨーロッパでも別れの歌として認知されていた本曲は
戦争に向かう兵隊さんへの別れの歌にもなります。
その内容は本作の4番の歌詞を見れば一目瞭然です。

螢の光、窓の雪、
書讀む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。

止まるも行くも、限りとて、
互に思ふ、千萬の、
心の端を、一言に、
幸くと許り、歌ふなり。

筑紫の極み、陸の奥、
海山遠く、隔つとも、
その真心は、隔て無く、
一つに盡くせ、國の為。

千島の奧も、沖繩も、
八洲の内の、護りなり。
至らん國に、勳しく(いさをしく)、
努めよ我が兄、恙無く(つつがなく)。

英米にゆかりある音楽は戦時中ほぼ禁止されましたが、
この歌だけは禁止されなかったそうです。
戦争を肯定する内容で、
国を守れというメッセージが強かったからでしょう。
とても複雑な思いがします。

年の瀬の反対

次の芒種の末候「梅子黄」が終わると「夏至」になります。
この自分育てのカレンダーの正月は
「冬至」を起点にしています。
そう考えると、「腐草為蛍」は
ちょうど年の瀬の「熊蟄穴」の反対に当たります。

冬至から夏至へと向かう周期を陽遁
夏至から冬至へと向かう周期を隠遁と呼ぶ事を考えれば、
まだまだこれから暑くなる時期ではありますが、
一年のUターンと言えます。

蛍のように命を火を燃やす活動はできているか?
これまでの半年の楽しかった事や、嬉しかったことに感謝し、
実際の蛍の光を見ながら
過ごすのも良いかもしれませんね。

次回は2023年6月16日
夏3番目の節気「芒種」、
末候、「梅子黄(うめみきばむ)」です。