自分育て

「処暑(しょしょ)」初候「綿柎開 (わたのはなしべひらく)」#62

2023年8月23日18時01分 、
秋2番目の節気「処暑」の
初候 「綿柎開 (わたのはなしべひらく)」になりました。

24個の節気の中の17番目「処暑」
72個の候の中の46番目 「綿柎開 (わたのはなしべひらく)」

※こちらの何番目という順序は古来の正月「冬至」を起点に考えております。
ご了承くださいませ。

「処暑(しょしょ)」

ようやく「処暑」の到来です。
暑さがようやく落ち着いたてきたことを、
肌で感じる季節になりました。

それと同時に、
青く澄んだ空にも、
夕焼けの雲にも、
秋の気配がしっかりと目に見えるようになってきました。

そして、少し涼しくなった風…
そんな中、
夏を名残惜しく感じております、、、、

実生活でも、
この処暑の季節のように、
終わりと始まりが交錯する瞬間があります。

過去と未来、
別れと出会い。
それぞれの瞬間に心の中で感じるさまざまな感情。

大体が、
手から完全に離れてしまってから、
私たちは名残惜しみ、
また後悔の念をリアルに抱くのです。

処暑は、そんな人生の変わり目を体現しているように思います。

処暑の時期の
遠い山々や空の色合い、
あるいは海の色、
まだクッキリとした姿を見せてくれる入道雲、、、
まるで絵のように美しく、私たちの心を打つ

それは景色が美しいからではなく、
全てが過ぎ去ることを再確認し、
ありのままをしっかり見ようと、
私たちが心を開いたからかも知れません。

初候「綿柎開 (わたのはなしべひらく)」

「綿柎開 (わたのはなしべひらく)」は、
文字通り、綿の花が開き始める時期となります。

綿は花を開かせ、
受粉し種子ができると、
その種子を保護するためにフワフワ繊維を作ります。
これが私たちの布団や衣服に使われる木綿になります。

非常に生命力ある綿ですから、
そんなにモコモコ保護しなくても大丈夫だと思うのですが、
過剰なほどにモコモコになります。

その姿に、
種子を保護するという領域を超えて、
完全に私たちの「お布団」の為の実りとすら感じてしまいます。
「綿さんありがとう!」

で、人類が綿のお世話になり始めたのはメキシコが一番古いようで、
約8000年前には栽培していたと記録があります。
その次が現在のインド北西部のラジャスタンとパキスタン一帯のインダス文明で、
約7000年前には栽培されていたようです。

しかし、日本にやってくるのはずっと後。
紀元後の平安時代に栽培目的で輸入されたものの、
うまく育たず、
ようやく成功したのが安土桃山時代になったからだそうです。

それまでの日本人はどんな布団で寝ていたのでしょうか?
調べていくと、驚きの事実が分かりました。

木綿

木綿(コットン)はつい100年ほど前まで、
衣類で使われるのが殆どだったようです。

それまで日本人は寝る時に「むしろ」と言って、
藁や萱で体裁を整えて寝ていたそうです。

それが「ゴザ」になり、
上位クラスが「畳」というわけです。

なので畳がある家というのは、
江戸時代では相当なお金持ち。
一般庶民は家に土間のその上、水の付かない小上がりがあって、
この小上がりに「むしろ」もしくは「ゴザ」を敷いて寝る、というのが普通だったようです。

従って、時代劇で、
病に倒れたお父さんが畳の部屋で布団で寝ていて、
借金取りが来て、娘が連れていかれるという場面は全くの嘘で、
それならまず、布団か畳を持っていく筈なのです。
と言うのも、布団ができる前の寝着と言うドテラのようなものでさえ、
江戸時代は30両もしたと言うのです!
(1両を安く見積もって10万としても300万円!)
それが現在のような布団状になって、敷布団掛け布団セットで換算すると、
1000万くらいの価値だったかも知れません。

そんな訳で、庶民が現在の布団のようなものに寝るのが一般的になるのは、
明治時代になってからだそうです。
そう考えると、今のような寝具の歴史は僅か100年程度なのですね。驚きです。

そんな江戸時代には高嶺の花のような布団に、
私たちは毎日寝ることができている。
なんと幸せなことでしょう!

朝晩涼しくなって、
もう少しでお世話になる綿のお布団。
そんな幸せのお布団も木綿のお陰なんですね。
綿の実りを見に行って、
心から感謝を伝えなければ、、、

処暑の季節、
過ぎ去った夏に感謝を込めながら、
謙虚に過ごしたいと思います。

次回は2023年8月28日、
秋2番目の節気「処暑」の
次候 「天地始粛 (てんちはじめてさむし)」です。