自分育て

56番目「地始凍」#06

2022年11月12日
「立冬」の
次候「地始凍」

24個の節気の中の19番目「立冬」
72個の候の中の56番目「地始凍」
冬の最初の節気の2番目の候です。

地始凍 ちはじめてこおる

冬の冷気が流れ出す中、
大地が凍り始める頃。

朝の霜が完全に凍りつき、
場所によっては霜柱が見られる。

夜の冷え込みが一層厳しくなり、
夜と昼の寒暖差が激しくなります。
その為、窓の結露に注意が必要になり出します。


帰り花(返り花)

立冬、次候「地始凍」を迎えた訳ですが、
とは言え、11月の日本の昼は、
まだポカポカと暖かい日があります。

直射日光を浴びていると汗ばむくらいで、
若い男性などは、
軽い運動をしていると半袖になる地域もあるくらいです。

その為、
本来初春や初夏に咲く草花の一部が、
春の訪れと勘違いして、
うっかりと咲き始めてしまう事があります。

ポカポカ陽気、
季節外れの紫陽花やツツジの開花、
そこにミツバチが舞い込み、
時折、地面にも小さな蟻が見て取れると、
健気な姿に胸が熱くなります。

健気さと儚さの波間に

これら草花や虫たちの姿に、
私は二つの姿を感じます。

一つ目は、
精一杯生きる健気さから
自分もまだやれる事がある残り時間の使い方について。

二つ目は、
もう難しいのではないかという事象に
こだわって執着しすぎていないか?
諦めきれない中での儚さ、

そんな二つの正反対の気持ちが交錯するのです。

この帰り花(返り花)の健気さと儚さに
多くの俳句が詠まれています。

成り行きに任す暮しの返り花(鯨井孝一)
行き当たりばったりの計画性の無さを
真正面からディスる

薄日とは美しきもの帰り花 (後藤夜半)
帰り花の美しさでなく
あえて薄日という環境にスポットを当てた作品。

原点に戻らぬ企業返り花 (的野 雄)
今の日本には耳が痛い作品
昔の栄光に囚われ、
同じやり方で花を咲かるも一時の事
未来の見えない花に、
辛辣な苦言

日に消えて又現れぬ帰り花 (高浜虚子)
パッと見た美しい帰り花、
しかし、それ以降、
もう目にする事はなかった、、、、、。
たった十七文字に切なく込められた諸行無常

私はこれらの作品に
生活や仕事だけに当てはまるとも思えないのです。

例えば、
年齢を重ねて、
この年で、、、?と、
うろたえながらも恋してしまった人、
それが叶わずに失恋してしまったという人がいたとしよう、

そんな恋する心の健気さと儚さも
当てはまるような気がするのです。

全てが上手くいくということはないのだけれど、
枯れゆく姿に、
侘び寂びを感じる今日この頃であります。

さて、この最後の頑張りの健気さと儚さは、
私たちは毎年、必ず迎えます。
そして、長い人生の終盤でも、
必ず訪れます。

この哀愁の時間を胸に刻むことで、
来年の春の決意、
夏の頑張り、
秋の収穫が変わってくるように思うのです。

この時期、心の曇りを取るために、
返り花を探しに行こうと思います。

次回は11月17日、
「立冬」の末候「金盞香」です。