自分育て

#28 様々な電波帯

私たちが生きるこの世界には、
まるで異なる電波帯で通信する無数のチャンネルが存在するかのように、
多様な視点や意識が共存しています。

しかし、この複雑な仕組みに気が付かずに、
どの電波帯の人にも知ってもらおうと対応しようとする。
ここに政治や学校、会社運営の難しさがある。
私たち個人が自立して生きるにはこの電波帯の存在を知るべきだ。
異なる電波帯があることを認識し、
その中で自分に合ったチャンネルを見つけ、調整することが重要です。

話が噛み合わない

同じ話をしていても、
人によって気に掛かるポイントが違うと感じたことは誰にでもあるでしょう。

それは周波数があっていない状態で、
ラジオ放送を聴くようなものと考えれば理解しやすい。
例えば、ノイズが大きかったり、
或いはほとんどノイズで聞き取れずに理解できなかったり、
時折、電波が干渉して、
二つの放送が同時に聞こえるような電波障害状況であったりします。

そもそも発信する人に問題ある場合もあります。
多くの内容を盛り込もうとして、
自分でも整理がつかない状態で相手は発信していることもあります。
この場合、ある意味中国語と日本語の二重に聞こえる二カ国放送のようなものです。
しかし、これが実際の私たちの会話の実世界であり、
お互いが出来の悪いYouTube番組を垂れ流しているのです。
そのような状況で世の中の会話というものは成り立っていると考えると、
お互いが分かり合えるというのは幻想かも知れない。

さて、
頭の性能の良い者は、
受信機の品質が良いと言えるのではないでしょうか?
話す相手に対して、発信する電波にチャンネルを合わすように、
受信機を切り替えることが出来るのです。
しかもブースターがついていたりするので、
同時に2画面で映像を映し出す高性能のテレビ受像機のように、
クリアに理解することができるのです。

一方、受信機の性能が悪い者は(かなり失礼な言い方だが、誰でも頑固になってこのような状態、チルトに陥る事はある。)
話す相手にチャンネルを合わす事が到底できない。
話が合う者同士でないとコミュニケーションが取れないから
自ずと選択権のない溜まりのような場所で電波を交換し合うことになる。
つまり会話することになる。

受信機は切り替わらないので、
他の人の発信を受信する事は出来ないし、
ブースターなどないから、
弱々しい電波を自分の都合の良い解釈でしか捉えることが出来ない。

これを絵に描くとこのような図式になる。

人類はこのような違う電波帯が存在する事を感覚的に気付いていたのだろう。
だから、カースト制度や貴族社会、
日本でも公家、士農工商などの身分制度で対処できないかと考えた。

恐らくそうする事で、
生きやすい世の中、
安定した社会形成ができるのではないかとの狙いがあったのかも知れない。
しかし、今ではどの身分からも、この違う電波帯の人間は生まれてくる事が分かった。
だから、これらの身分制度に意味は無かった。
(とは言え、近代社会よりも遥かに長い年月で培ってきたものなので、中々逃れられない。)

今の私たちに出来ることは、
生まれてきて色んな人と付き合って、相手がどの帯域の人かを判断することが重要だ。
社会で先述のような身分による分け隔ては、
現代ではできない「建前上の平等社会」となったので、
個人個人で、この違う電波帯のような社会の縮図を理解して対処する事だ。

そして、出来れば自分の送受信器を整備し、
少しずつでも高品質に磨き上げていく事が肝要だ。